寓話ってこういうことでしょ! 映画【えんとつ町のプペル】ネタバレあらすじ・見どころと感想

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©西野亮廣/「映画えんとつ町のプペル」製作委員会 引用元:https://poupelle.com/

寓話ってこういうことでしょ! 映画【えんとつ町のプペル】ネタバレあらすじ・見どころと感想

映画『えんとつ町のプペル』観てきました。結構序盤から涙出っ放し。

自分の子どもだったらどうだろう…?

では、映画『えんとつ町のプペル』を振り返ってみましょう♪

映画 えんとつ町のプペル ネタバレあらすじ

映画『えんとつ町のプペル』
2020年 日本作品

©西野亮廣/「映画えんとつ町のプペル」製作委員会
引用元:https://www.toho.co.jp/

 

諦めた自分がバカみたいじゃないか!…

煙に覆われたえんとつ町。人々は空を見たことがなく、海に出ることは禁じられていました。煙の向こうには輝く星があるなどと信じる者は誰もいません。でも、えんとつ掃除人の少年ルビッチだけは煙の向こうの青い空も星の存在も信じていました。1年前に亡くなった父親ブルーノの教えだったのです。空を見上げては、煙の向こうの星に思いをはせる日々。町の住人たちはそんなルビッチを笑い者にしています。だから友達もいません。
ハロウィンの夜、ゴミの山から生まれたお化け…ゴミ人間が町に迷い込みます。通報されて異端審問官に追われるゴミ人間。彼を間一髪で救ったのがルビッチでした。母親を心配させまいと友達と遊んでいると嘘をついて仕事をしていたルビッチは、ゴミ人間にプペルという名前を付け友達になって欲しいと頼むのでした。
しかし、異端審問官に知られるのは時間の問題で…

映画 えんとつ町のプペル の見どころと感想

映画 えんとつ町のプペル の見どころ

※重要なネタバレがあります

映画 えんとつ町のプペル は本気のエンターテインメント

お笑いコンビ・キングコングの西野亮廣さんが手がけた絵本が原作のアニメーション映画ということで話題になっています。配給も東宝だけではなく吉本興業が並んでテロップされます。出てくる声優さんたちも芸人さんが多い…そうなると、映画としてちょっと下に観る気分みたいなのが映画ファンの中には生まれたりするかもしれません。アニメを映画としてどこか下に観ている人、邦画を下に観ている人などはさらに「タレントが作ったヤツね…ハイハイ」みたいな気分がどこかに生まれたり?万が一そういう人がいたら、映画ファンとして損しているとしか言えません。好みは好みで良いですが、この映画『えんとつ町のプペル』はタレントさんが「ごっこ」でちょっと作ってみましたという映画とは違います。本気の“作品”です。本気の“エンターテインメント作品”ですね。ジブリ作品、新海誠作品、『鬼滅の刃』などなどの日本を代表するアニメーション映画と並べて世界に出して多くの人に観て欲しい本気の映画です。

映画 えんとつ町のプペル は物語の使い方を知っている

原作の絵本は数年前から気になっていましたが未読です。ネットでも無料で読めるようですから読んでみなきゃですね。でも、映画を観ただけで確信できます。原作者であり映画『えんとつ町のプペル』では製作総指揮と脚本も担当されている西野亮廣さんは昔むかしから使われてきた物語という発明物の使い方をよ~くわかってらっしゃる方ですね。神話や寓話が物語を通じて何を為そうとしているのか?その意味合いをよく理解されていて、尚且つご自身もそれを実践できる人。エンターテインメントという包装をしながら普遍的なメッセージをしっかりと軸に据えてある…のみならず、今現在世の中で起きていることから未来を示唆するところまでしっかりと組み込まれていました。世の中を回している経済の仕組みが下地になっていて保持していると価値が減る通過が出てきますが、コレなんかまんま今変わりつつある世界経済の根本と未来の可能性ですよね。実際に十数年前から実験的に取り入れられているところもありますからね。それはバックグラウンドの話ですが核となる物語は夢を追う人とその周囲の人の普遍的な物語。この物語の中に自分自身の心を発見する人は多いはずです。

映画 えんとつ町のプペル の成り立ちが物語を体現している

『えんとつ町のプペル』という物語が絵本から映画になっていくその成り立ち自体が、この作品の物語を象徴しているようです。
テレビ=常識という時代はとっくに終わっていますよね。西野亮廣さんはかなり早い時期に今のような時代を予測してひとりコツコツと行動を積み上げてきた人です。わたしがそのことを初めて知ったのは、2016年に堀江貴文さんの『99%の会社はいらない』 (ベスト新書)という本を読んだ時でした。その本ではディズニーランドのように町を作ってそこに人を呼ぶのではなく、町づくりにみんなを参加させて一緒に作るところからをエンターテインメントにしよう!といって本当に街づくりを始めている西野さんが紹介されていました。その町の名前が確か『えんとつ町』だったような…。絵本の事もその時に知りました。
最近、中田敦彦さんと宮迫博之さんがYoutubeで始めた番組『Win-Win-Wiiin』では第2回目のゲストとして西野亮廣さんが登場し、ひとりで白黒の絵本を作り始めたころからカラーの絵本『えんとつ町のプペル』、そして映画までの流れが熱くわかりやすく中田敦彦さんによって解説されていました。
映画『えんとつ町のプペル』のエンドロールでは主人公のルビッチが独りで1本の線を引くとそれが船の設計図になっていき最終的に大勢の仲間たちと大海原へ出ていく様子がスライドのように紹介されます。
たった1人でも夢を信じぬき、仲間が1人2人と増え、やがて反対していた人たちも応援してくれるようになり、大きな力となって夢がかなっていく…
西野亮廣さんが最初に書いた白黒のペン画の絵本も最初はひとつの点、1本の線から始まったわけですよね。そこから映画『えんとつ町のプペル』というエンターテインメント作品にまで、西野亮廣さんの様々な活動でできた仲間たちの力があってたどり着いたひとつの星。
この先が楽しみですね~

映画 えんとつ町のプペル の感想

※重要なネタバレがあります

映画 えんとつ町のプペル の感想① 夢をもつ人間として

夢を持つひとりの人間として、序盤から涙が止まりませんでした。夢を語ると「やめておけ」「そんなに甘くない」などいろいろな言葉が浴びせかけられます。それは自分のことを思って言ってくれている場合がほとんど。だから簡単にはねのけたりもできなかったりするんですよね。
また、夢を信じて頑張っていても、だんだんと自分で自分を信じられなくなり「現実」に生きるようになったり、「空気」を読んで夢を語らなくなったり…。で、自分が選んだ生き方を否定したくないから夢をまっすぐ語る人を「青いね~」と斜に構えていったり、自分でもよく分からないまんま「そんな甘いこと言っているやつを観ると腹がたつ!」と感情的になったり…映画『えんとつ町のプペル』を観て、そういう自分を発見出来たらまたひとつ成長できるんじゃないですかね。
夢をもって葛藤し続けている人、夢を諦めた人にも響くお話でしょうコレは。響きすぎて「つまらない!」「面白くない!」って言っちゃう人もいそうですけどね。そういう人たちも描かれていますよね(笑)

映画 えんとつ町のプペル の感想② 世間と自分のズレを感じる人間として

自分の感覚は常識とはズレているのかな…
1~2年前に『発達障害グレーゾーン』という言葉が少し流行っていました。日本ではまだまだ今でも発達障害というものへの理解が広がっても深まってもいません。わたし自身は医学的な検査を受けたわけではありませんが、ADHDの特徴を調べると「そういうことか…」ととても共感します。発達障害というのは数多くあるホンの一例にすぎませんが、常識というものの狭さや浅さに『息苦しさ・生きぐるしさ』を感じている人はきっと想像以上に多いことでしょう。
でも「みんなと違う」というのは「変」でも「悪い」ことでもなくて、それこそが自分だよね、それを信じて生きることが自分を生きるってことだよね…って、本当の本当は…心の奥の奥では、みんなわかっているはずなんですよね。
そこに「信じぬけ」と、実はアンタだけが「変」なわけじゃないよ、案外仲間って多いよ!という熱くて愛のあるメッセージを届けてくれるのが映画『えんとつ町のプペル』ですよね。

映画 えんとつ町のプペル の感想③ 息子であり父親である人間として

わたしは両親の子であり息子の父親です。ありがたいことに子の夢を応援してくれる両親です。でもその気持ちとは裏腹に「就職」したり「正社員」になることをじわじわと協力に「応援」もしてくる(笑)。どうしても自分たちが知っている安心を子に押し付けてしまう。時代が変わっていることは頭ではわかっていても親心からくる心配の感情から「まともに就職しなさい」「世の中そんなに甘くはない」という言葉となって出てきてしまうんですよね親の場合。
この気持ちはわたし自身が親になってよ~くわかるようになってきました。両親が自分に押し付けてくる常識は「そんな時代じゃない」とはねのけたくなり、わが子には「ちゃんと生きろ」と自分の常識で語りたくなる。
映画『えんとつ町のプペル』では、今は亡きルビッチの父親ブルーノは、ルビッチの『星』になれています。ルビッチの母親も最後はでっかいフトコロで「必ず帰ってこい!」と条件をだしつつ背中を押してくれます。でも途中、この母はルビッチの身を案じて言ってしまうんですね。「お願いだから目立たないで」と。目立つことでわが子が危険にさらされるなら抱きしめて守っておきたい…これも親としての当たり前の感覚です。そういう自分の感情とも向き合いながら子離れをしたり、背中を押してやれる勇気を親がもったり…と、親も人間として成長しないといけないわけですよね。
いつか、息子にとってのブルーノになりたいと思いました。

映画 えんとつ町のプペル の感想④ すこし客観的に批評してみると

わたしは映画製作を学び映像も脚本も制作側からも客観的に学びましたし、ただの観客としてもここではちょっと一歩引いた眼で作品を考えてみようと思います。

まずは映画 えんとつ町のプペル が背負ってしまっている批判から

まず、こどもから大人まで観れる作品であることは間違いないのですが、こどもにも好みによっては退屈する部分はあると思います。中盤、普通の大人向け映画でいう王道の展開があるのですが、その分子どもが興味を持ち続ける楽しさが弱まっている感じもしました。
また、人によっては「言葉で説明し過ぎ」という意見もあると思います。
実際、クライマックスはモノローグ的に現状のまさにクライマックスの状態のなかで主人公の父親のセリフがかぶってきます。メッセージを普通にセリフでしゃべらせているシーンも多めだし、そこに輪をかけて挿入歌でも歌詞でわかりやすく説明してきます。
だから映像派の人からはきっと批判も出るでしょう。
そして、まさにこの作品で描かれていることですが、純粋さや夢を許せない人には受け入れられなかったり、きれいごとだけの薄っぺらいものに感じられたりもすると思います。
また、西野亮廣さんという人が普段発信されていることの本質的な部分を寓話として思いっきり詰め込んだメッセージ性の強い作品なので、西野亮廣さんをしっている人には良くも悪くも彼の顔がチラチラとよぎってしまうと思います。

それでも映画 えんとつ町のプペル は良作だと言える理由

インターネットにある評価サイトのレビューをみていると高く評価している人も酷評している人も、評価・酷評の部分が人それぞれです。
ある人は「ストーリーはイマイチだけど映像と音楽はよかった」といい、またある人は「ストーリーはいいのに音楽で没入感が弱まった」みたいなことを言っていたり…。「とにかく描きこまれた映像が凄い、静止画にして見たい」という人がいたかと思うと「画が雑な部分があって残念」とか…
つまりは、「コレは私の好み」「コレは俺の好みじゃない」と言っているだけなので結論としては自分で観なければ自分の感想は持てないという、身もふたもない感じの結論になります。
また「言葉で説明し過ぎ」問題は、表現としての方法論の中でどこで何を選ぶかの話で合って、あながち的外れだとは思えない演出だと思いました。
さらに西野亮廣さんの顔がどうしてもチラつく問題について…。これは西野さんのファンでもアンチでもないわたしでも不可避でした。ただ特筆したいのは西野亮廣さんがどうしても見えてしまっているにも関わらず、物語の要所要所で涙をこらえることもできなかったという部分です。
映画『ドラえもん』シリーズの予告で泣いてしまうわたしですから涙もろいのはありますが、それでもゆっくり深呼吸をしないと嗚咽を漏らしそうなくらい胸に突き刺さる部分がたくさんありました。これって凄いでしょ。「物語に入り込めない~」とか言いつつ思いっきり感動して泣いてるってどういうこと?みたいな。

映画 えんとつ町のプペル はこんな人には面白いんじゃないかな

もしかしたらこんな人には映画『えんとつ町のプペル』は心に響いたり面白く感じたりするのかもというリストを作ってみました。
勝手な想像です。お許しください。

・夢を追い続けている人
・夢を諦めたけど夢を追うことの素晴らしさは知っている人
・夢を追っている人に嫉妬している自分を自覚している人
・革命の後の価値観の押し付け、かつて新しい時代を切り開いた若者の高齢化、そんな当たり前の社会や歴史の循環に愛をもってその中で生きている人
・自由貨幣や地域貨幣の知識がある人
・今の経済の仕組みに漠然とでも不安を感じている人
・画が好きな人、アニメが好きな人、CGが好きな人
・周囲に合わせているけどそんな自分に違和感も感じている人
・周囲と自分のズレを感じて苦しんできた人
・わが子が自分の人生をたくましく生きてくれるのが楽しみでもあり心配でもある親
・親や大人たちの押し付けがうっとうしいと感じているワカモノやかつてワカモノだった人
・わが子のためと思いつつ自分の価値観の押し付けじゃないか?と迷いもある親

…あるいはまだ自覚はしていないけれども「何かに気づく準備」「成長する準備」ができている人

どんな物語もそうですが、作品のメッセージを受け取れなかったり、感じ入るものが何もないという場合は、作品の良し悪しとは全く別次元で自分の周波数がその作品とその時は合っていないだけ…
ということがほとんどです。

映画畑ではないところで有名な人が映画を作って広く知られると、どうしても作品の良し悪しとは違う次元の感情が批評に乗っかりやすいですよね。
それに輪をかけて、人によっては蓋をしておきたいこと、目をそらしておきたいことが描かれていると思うのでどうしても批判にさらされる部分もある作品だと思います。
先入観や色眼鏡を外してみるのは難しいですからね、客観的に作品の良し悪しを比べるとすれば…この作品を駄作だと言うなら他の名作・傑作と言われている作品のほとんどの作品も駄作ってことになっちゃうでしょう…と言えるくらいの作品ではあります。

映画 えんとつ町のプペル みんなの感想

では、他の人たちの感想もかなり盛り上がっているようですが、その中のホンの一部だけでも紹介しておきたいと思います。

映画 えんとつ町のプペル あらすじ・感想のまとめ

寓話として示唆に富んでいてよくできているだけに、いろいろなことを深く考えたり、語ったりしたくなっちゃいますね。でも、だからといって難しい映画かとうと全くそんなことはなくて、こどもと一緒に観れる冒険ファンタジーなんですよ。ハロウィン、サイバーパンク、ファンタジー、夢と友情と愛。インディー・ジョーンズバリのアトラクション的なアクションもあるしミステリーもサスペンスもユーモアもある。ビジュアル的には町の背景もキャラクターデザインもそれらを動かしている作画?というかCGでしょうか?とにかくアニメーションとしての絵作りもしっかりしているし、大型のエンターテインメント作品です。
公開は2020年クリスマスでしたが、わたしは2021年元旦に朝一の回で鑑賞しました。映画ファンだけじゃなくアニメファンだけでもなく、全てのエンタメファン…だけでもなく、普段はエンタメに興味がないビジネスマンや哲学的なことが好きな人たちまで、み~んなまとめて楽しんじゃえば良いんじゃないですかね。
画を見てるだけでも楽しい、物語もわかりやすくて面白い、内容も深い……つまりは何度観てもイイ、一級のエンターテインメント作品ですから。

 

全ての物語のために

 

 

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